廃墟マニア 報告
松尾鉱山
2009年9月
廃墟マニアになりつつある知人がいます。写真と説明文を送ってくれましたので、ご紹介します。
 石油精製の課程で、純度の高い硫黄が簡単に入手できる技術が確立する前のお話です。
 硫黄は産業を支える重要な鉱物の一つでしたが、鉱山で採掘するしかありませんでした。硫黄が取れる鉱山は、人里離れた火山性の山地に多く分布していました。これは、秋田県と岩手県にかかる山系にあった、松尾鉱山です。

 この松尾鉱山で取れる硫黄は、索道を使って山裾の屋敷台(やしきだい)地区まで運ばれ、そこで精錬されました。そこから最寄りの国鉄花輪線の大更(おおぶけ)駅までは、専用の鉄道まで敷設されていました。

 鉱山のあった山の上の地区は、現在は観光道路「八幡平アスピーテライン」が通っています。
 砂利道だった時代、ことに冬場は、積雪も多く、山の上の鉱山の町はちょくちょく寸断されたそうです。
 そこで松尾鉱山では、鉱山を中心に近代的な町を作り上げました。雲上の近代都市」とも言われたそうです。
 1951年に立てられた鉱山住宅は、かつてのソ連の町のように暖房が張り巡らされ、最初から水洗便所が完備されていました。
 冬場に道路が吹雪で使えなくなり、下界と隔絶されても、24時間運転されていた4本の索道を使って、食料品や日用品が運ばれてきたそうです。
岩手山北麓と、右手に中和施設が散見されます。
住宅群と中学校の体育館。
高層住宅と窓。
高層住宅の、崩れゆく階段。なんか、宮崎駿「天空の城ラピュタ」を思い出しますね。
 1969年に閉山してからは、荒れるに任せています。
 映画館、劇場、病院、小学校、中学校もあった雲上都市が自然に還るまでは、まだ時間が掛かりそうです。
 なお、この鉱山の地下坑道からは、現在でも硫黄を含んだ硫酸水がわき出しており、これを中和する施設が稼働し続けています。
 この中和作業は未来永劫続くとも言われ、万が一、大地震で地形が崩壊すると、ここから流れ出す強酸性の水は松川から北上川に流入し、岩手県から宮城県石巻にかけて大きな被害を生み出すと言われています。
筑附通信
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