1997 年末のオーストリア・スイス、ヨーロッパアルプスの旅
1997年12月23日から98年1月1日まで、オーストリア、スイスを中心に、ヨーロッパアルプスの旅をしてきました。
現在、NIFTY SERVE 山の展望と地図のフォーラムに連載をしているところですが、その一部をご紹介します。FYAMAPをご覧の方には二度読みになってしまいます。悪しからずm(--)m。訂正や追加はしております。念のため(^^)。
10915/10915 SDI00790 山尾望 オーストリア・スイス 展望の旅(1) ( 6) 98/01/02 14:14 昨年暮れ、思いがけないきっかけで(*1)、オーストリア・スイス方面に行くことになりました。 主目的は鳥瞰図画家ベラン教授に面会することです。その後は、天気次第ですが、冬の本場の アルプスの大展望を楽しもうという計画。『ベランのパノラマ』を出版した実業之日本社の編集 者、森田さんが、切符・宿の手配から、現地案内、そして肝心の“通訳”まで全部面倒を見て下 さるというので、私はただついて行けばよいという大名旅行の2人旅でした(^_^)。
●行程概要
12月23日 成田出発−−−−−−−−−−−チューリヒ着(泊) 12月24日 チューリヒ発−−−−インスブルック----ベラン教授宅訪問・クリスマ スイブ“参加”------インスブルック(泊) 12月25日 ノルトケッテ登山・▲ハーフェレカール2334(大展望)----ベラン教授 知人宅で夕食----インスブルック(泊) 12月26日 フィールキント氏(ベラン教授後継者)アトリエ訪問------ベラン教授 宅再訪・夕食------インスブルック(泊) 12月27日 インスブルック発−−−−ミッテンバルト(*2)・▲カールベンデル(駅 周辺約2300)−−−−ガルミッシュ-パルテンキルヘン(泊) 12月28日 ガルミッシュ-パルテンキルヒェン−−−−▲ツークシュピッツェ2962 (*3)−−−−ガルミッシュ-パルテンキルヘン−−−インスブルック −−−−フェルトキルヒ==(*4)==ブックス−−−−チュリヒ(泊) 12月29日 チューリヒ−−−−ベルン(下車・国会議事堂前でベルナーオーバーラント撮影)
是非見て!貴重な写真です。
インターラーケン−−−−ミューレン−−−−▲アルメントフーベル
1912、▲シルトホルン2970(大展望)−−ミューレン−−−−
インターラーケン−−−−−ベルン(泊)(*5)
12月30日 ベルン−−−−ゾルトゥルン(市内見学)−−−−バイセンシュタイン
(大展望)−−−−−ゾルトゥルン−−−−オルテン(*6)−−−− ル
ツェルン(市内見学・大展望地あり)−−−−チューリヒ----ベラン氏
親戚宅訪問----チューリヒ(泊)
12月31日 書店巡り(古書店でベデガー、パノラマ図など購入)・昼食フォンデュ
夕方、チューリヒ出発
1月1日 成田着
*1 飲み屋での出会い(^_^)。 パソコン通信でも様々な偶然的な出会いがありまし
たので不思議ではないかもしれませんが。
*2 ドイツ南部、オーストリアとの国境の小さな町。バイオリンで有名。
*3 ドイツ最高峰、ここだけ展望なし。
*4 電車の接続が悪く、タクシーで移動。リヒテンシュタイを通過する。
*5 駅の“自動案内”でホテルを探す。中華料理を食べる。しかし、はずれ(^_^;)。
*6 鉄道交通の要衝。12番線ホームに、鉄道の起点だったことを示す記念碑あり。
鉄道マニアはご存知でしょうか。
●行程詳細(時刻は現地時間)
(今回追加)
12月23日 730自宅出発 成田1252離陸−−−1713アムステルダム1915−−−2021 チューリヒ着陸===910ホテル(リュトゥリ)(泊) 12月24日 710朝食----チューリヒ933−−(インナーシテイ<特急>)−−ブクス −−フェルトキルヒ−−(食堂車で昼食)−−1319インスブルック== 1337ホテル(ノイエポスト) 夕方よりベラン教授宅訪問・クリスマスイブ“参加” インスブルック(泊) 12月25日 ホテル---観光案内所----市電−−−1010(フンゲルブルクケーブル) −−フンゲルブルク−−−ゼークリューベ−−−ハーフェルカーレ2334 ▲(大展望)1218−−−ゼークリューベ−−−1245フンゲルブルク・昼 食−−(フンゲルブルクケーブル)----市内・1500頃旧市庁舎など---- 1555ホテル 夕方よりベラン教授宅経由、ドクター訪問・夕食 インスブルック(泊) 12月26日 ホテル---900フィールキント氏アトリエ1215---1235ホテル 午後よりベラン教授宅訪問(1530〜2150)====2200ホテル インスブルック(泊) 12月27日 ホテル830---840インスブルック903−−−1001ミッテンバルト---ロー プウェイ麓駅1102−−−−1113カールベンデル(駅)▲(約2300)(食 事)1301---1312麓駅----ミッテンバルト散策1503−−−ガルミッシュ- パルテンキルヘン====1600ホテル(ポストホテル)(泊) 12月28日 ホテル750===800ガルミッシュ-パルテンキルヘン840−−−−913ア イプゼー917−−(鉄道)−−−−954(ゴンドラ駅)1018−−−1021▲ ツークシュピッツェ(2962m)・オーストリア側で食事1155−−(ロー プウェイ)−−1202麓駅・アイプゼー1247−−−1316ガルミッシュ-パ ルテンキルヘン1329−−−1451インスブルック・食事1542−−−1814 フェルトキルヒ1822==(タクシー)==1842ブックス1901−−−2050 チューリヒ---ホテル(リュトゥリ)(泊)(夕食はイタリア料理) 12月29日 チューリヒ634−−−−748ベルン---810国会議事堂前でベルナーオーバ ーラント撮影---816ベルン823−−−−915インターラーケン(オスト) 934ラウターブルンネン1005−−−−1014グリッチュアルプ1018−−− 1025ビンターレック1107−−−−1115ミューレン・(麓)1145−−−− 1150▲アルメントフーベル(1912m)1207−−−−(麓)1211----1222 シルトホルンロープウェイ麓駅1233−−−−1241ビルク1302−−−−− 1306▲シルトホルンン(2970)(レストランで昼食)1458−−−−1522 シルトホルンロープウェイ麓駅---観光局----ミューレン1716−−−− インターラーケン(オスト)1809−−−−−1938ベルン(泊)・夕食は 中華料理(帝園) 12月30日 ベルン市内(国会議事堂)848−−−−923ゾルトゥルン(市内見学) 1015−−−−1029 1033−−(リフト)−−1050バイセンシュタイン (ホテルで昼食)1247−−(リフト)−−1304 1329−−−−1343ゾル トゥルン1347−−−−オルテン−−−−1504ルツェルン==シャトーギ ッチュ・市内見学---1710−−−1758---1855ホテル(リュトゥリ)(泊) 夜、ドクター訪問 12月31日 チューリヒ・買い物、書店巡り(古書店でベデガー、パノラマ図など購 入)・昼食フォンデュ ホテル1424===1438空港1616搭乗−−−−− アムステルダム経由−−−−−− 1月1日 1449成田着
- FYAMAP MES( 6):展 望 の広場:山や街から展望、紀行、情報 98/01/03 - 10936/10936 SDI00790 山尾望 オーストリア・スイス 展望の旅(2) ( 6) 98/01/04 00:54 10915へのコメント
●ベラン教授 『展望の山旅』を激賞(^_^)
いささかタイトルに偽りあり、ですが、週刊誌ならこれくらい書くでしょう(^_^)。 重いので、正編だけ持って行ったのですが、一通り見て下さったようで、細かくき ちんと描けている、と誉めて下さいました(^_^)。 これを伺っただけで、遥々来た甲斐があったと思いました。 さて、ベラン教授(ハインリッヒ・C・ベラン)の名前をご存知ない方も、精密な 写真かと思うような、しかし、独特のリズム・躍動感のある見事な鳥瞰図の作者とい えば、ああ、あの絵を書いた人かと思いだされるでしょう。 1915年インスブルックに生まれ、インスブルック国立美術学校を卒業された画 家です。「商業美術、イラストレーションなどの分野で才能を発揮してきたが、その 名を世界的なものにしたのは、パノラマ、つまり鳥瞰図を描いたことによる」(『チ ロル・パノラマ展望』新潮社・とんぼの本シリーズ)。 現在82歳で、もう実際に絵を書かれることはありません。 体調が今一つと伺っていたのですが、お酒が好きで、冗談もよく言われ、大変お元 気でした。 Q.富士山をどう思われますか。 A.登ってないのでわからない。 思わずブッ、ですね(尚、私が直接英語orドイツ語で質問したのではな く同行というか引率の森田さんの通訳によります(^_^;))。でも、ちゃんと 続けて 聖なる山という発想は全くない。ただ、よい山ではあると思う。 と言われたので一安心です。「富士山と箱根」という作品を書かれている し、佐原市が依頼した鳥瞰図にも遠景にちょっとだけ富士山がでていますか ら、どんな思いがあったのかを尋ねてみたかったのです。これで、現在企画 を進めている『富士山展望百科』(仮称)のコラムが何とかできそうです。 Q.雲が独特ですが(大きな特徴ですが)、これは実際の雲を見て書いておられるの か、イマジネーションによるものなのですか。 A.雲は動くので、書くのが難しい。しかし、雲をどう書くかによって、絵が生きも するし、死にもする。それくらい雲をえがくのは大事である。 質問に対する正面からの答えではありませんでしたが、意味はよくわかり ました。ただ、私が「実際の雲を見て書いておられるのか」と尋ねたのは、 実際にノルトケッテで見た雲が、ベランさんの絵そっくりだったからです。 イメジネーションもあるだろうが、これだけ地形をリアルに見ておられる方 ですから、空についても当然詳しい観察をしておられるだろうと思ったので す。 Q.影が左の時もあるし、右の時もありますが、何か規則性があるのですか。 A.依頼者の注文による。つまり書くべきロープウェイが山の左側斜面にあるなら、 そちらに日があたるように(影にならないように)する。 なるほど、彼の何百という作品は、依頼者があってできたものですから、 当然といえば当然でしょうか。従って、原画そのものを見せて頂きたいと思 っていたのですが、それは彼のところにはないのです。これまたよく考えれ ばそうなのですが、伺ってみて初めて実感としてわかりました。 中景を大事にしなければいけない。遠景も近景も、中景を基準にして描いていく 必要がある。それと「光」。影の中にも光がある。 このあたりは、基本的に線画しか書かない(書けない)私には、難しいの ですが、実際にメモ用紙にスケッチをしながらの説明は、ちょっとオーバー に言えば感動的ですらありました。 そのメモは、ご本人はちょっといやだったようですが、しっかり頂戴して きました(^_^)。1月3日の東京ミニオフで、何人かの方のはお目にかけた のがそれです。 とりあえず今日のところは以上です。 ※ 後継者のフィールキント氏のことは改めて書きますが、彼はベラン教授と対照的 に、コンピュータやオーディオ機器が大好きです(ベラン教授は、コンピュータとい うと、いやな顔をします。但し、理解のある、いやな顔です(^_^;))。従って、ホー ムページも開いています。
http://www.tyrol.at/panorama/index_e.htm
PANORAMASTUDIO VIELKIND das Berann Nachfolge Panoramastudio です。 この「Nachfolge」は後継者という意味です。略すとNF。ベラン教授の作品をお 持ちの方は、BERANNと書いた最後のNの右に NF がついている場合があり ますので、注意してみて下さい。 山尾望(SDI00790)
10944/10944 SDI00790 山尾望 オーストリア・スイス 展望の旅(3) ( 6) 98/01/04 22:27 10936へのコメント なかなか展望そのものがでてきません。悪しからずm(__)m。
●オーストリアの家庭のクリスマスイブ
12月24日はクリスマスイブ。ベラン教授のアトリエの一部が別荘のようになっ ていて、家族が滞在できるようになっています。 娘さん夫妻とお子さん達、それに友人が加わった内輪のクリスマスイブに私たち2 人も加わりました。彼らにとって何より大切な行事に“他所者”が入ることを森田さ んも気にしておられましたが、遠慮なくということでしたので、甘えることにしまし た。 ろうそくに点火、お祈りがあって、“清しこの夜”?を歌います。その後、一人ひ とりが何か歌います。デュエットもありました。日本組は、こういう場に適した歌が ないので、ということでパス。まさか、この時期にサクラサクラというわけにもいき ませんからね(^_^;)。そしてお互いにプレゼント交換。親から子へお年玉というよう な一方通行ではなく、全員が全員へ上げるのです。何と私たちへも用意されていまし た。 ここまでが前半。この後がいよいよ食事ということになります。スープから始まる フルコースですが、もちろん手作りですね(内容は省略(^_^;))。 日本組にも何かと配慮をして下さいました。といっても森田さんは何度も訪れてお り、ドイツ語での会話も完璧ですので、気遣われたのは私だけだったかもしれません (^_^;)。 私には英語で話かけてこられるのですが、彼女らも時々、活用がどうだったかなと 確認をしている場面もあって、私より遥かに上手な英語ではありますが、オーストリ ア人にとっては、英語が外国語であることを再認識しました。 欧米人は(と括ってよいかわかりませんが)何より家庭を大事にすると言われます が、それを目の当たりにした感じでした。我が家はクリスチャンではありませんので、 正月に置き換えても、食べるだけ、ではないでしょうか。後半のみですね。前半の部 分がありません。子どもが親にプレゼントをくれることはないでしょうし、妻が夫に、 夫が妻に、というのも、少なくとも山尾宅ではないですね(^_^;)。家族の団欒を 犠牲にしてパソコン通信にのめりこんでいる人がいるようですが(^_^;)(“企業戦士” が家庭をかえりみないのも同様)、家庭・家族が優先順位のトップにこないのは、い かにも日本的現象なのでしょうか。 見方をかえれば、日本においては、そうしなくても、維持できるもの、という考え 方があるのかもしれません。契約社会の欧米では、家族間においても、常に見える形 で気持ちの確認をしなければならない、それに対して日本では、家族であるなら何も しなくても気持ちが通いあっているのは当然のことだ、という前提(思いこみ?)が あるのかもしれません。 これは自然観に通じるものがありそうです。 固い話は別にして、TVがないというのも素晴らしいことでした。お互いがきちん と話をすることができます。対面することになります。TVを見ながらとなると対面 ではなく平行になりますね。 以前自宅に遊びにきた生徒が、ひたすらTVを見ていたことがありました。何のた めに来たのかと少々腹立たしくなったことがありました。 日本ではTVを通してしか共通の会話ができない、という面もあるのかもしれませ んが、色々な意味で、家族の在り方を考えさせられたインスブルックのクリスマスイ ブでした(しかし、家族の現状は何ら変っていない(^_^;))。 次回は、ようやく展望が。インスブルックの北側にあるノルトケッテ展望記の 予定です。 山尾望(SDI00790)
- FYAMAP MES( 6):展 望 の広場:山や街から展望、紀行、情報 98/01/05 - 10962/10962 SDI00790 山尾望 オーストリア・スイス 展望の旅(4) ( 6) 98/01/06 01:13 10944へのコメント 今回は、ノルトケッテからの展望の話題のはずでした。幸いそれに間に合う ように、写真が仕上りました。0円プリントですが、好意的に焼き付けをして くれており(0円の場合、調整はしないらしいのですが、稜線が飛ばないよう に濃く焼いてくれています)、まずまずの出来です。 しかしそれゆえ、逆に途方にくれています。何しろネガだけで52本も ありますから。リバーサルは6本。成田着陸で最後の1枚を写し、全部使 い切りました(パノラマにステレオ、車窓展望からトイレまで、方法も対象も 欲張っていますから、大変です(^_^;))。 ノルトケッテからも数本あり、パノラマにつないで山座同定をして、となる と、山名を読むのも一苦労ですので、とても時間がありません。 ということで、(1)大展望を写真でも再現できた、(2)カール地形があること で有名な山なのですが、その立体視もバッチリだった、ということだけ、ご報 告しておきます(^_^;)。 そうこうしている内に、学校も始まり、本当の繁忙期に入りますので、詳し い内容は忘れた頃のアップになることは間違いなさそうです。ご容赦下さい。
●参考文献 小野有五『アルプス・花と氷河の散歩道』(東京書籍1997年 2000円)
第1部にノルトケッテの話題がでています。
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